日本国籍
1948年3月25日、一人の女性が銃殺された。その名は川島芳子、本名は愛新覚羅 顕紓、清朝粛親王の王女。
川島浪速の養女として日本の小学、女学校と進み、養父の関係で関東軍に接近し、満州事変や上海事変では日本のスパイとして暗躍した。1945年日本の敗戦後スパイの罪で捕らえられ、漢奸として裁判にかけられる、養女としての日本戸籍の証明を得んとして得られず、銃殺刑に処せられた。遺骸のポケットに次を書いた紙切れがあったという。 上坂冬子「男装の麗人 川島芳子伝」
家あれども帰り得ず I have a home; but where I cannot return,
涙あれども語り得ず I have sorrow; which I cannot disclose,
法あれども正しきを得ず I have a law; which cannot protect me,
冤あれども誰にか訴えん
I am innocent; but I have no one to appeal to.
最後の言葉は悲痛である。
同時に思い出されるのが「李香蘭」、本名「山口淑子」。戦時中、親日中国人女優として働いたかどで、漢奸として裁かれたが、こちらは、獄中で日本国籍の証明を得て助かった。
山口淑子・藤原作弥「李香蘭・私の半生」
ともに、祖国について考えさせられる。










Comments
愛新覚羅顕紓は國民党により処刑された事が史実になっておりますが事実は、逮捕後、國民政府駐英国大使と旧満州國駐スウェーデン大使との密談が成立し、彼女は秘密裏に國民党支配地であった山東省煙台へ移され、その後とある欧州の中立国が身元引き受けし再び新京の地へと帰った。この話は2年前吉林省長春へ仕事で行った際、省政府高官から聞いた話でしたが、昨年山東省煙台を訪れた時に旧國民党生き残りの老人からまったく同じ話を聞く事が出来た。真実は?
「李香蘭」が助かったのは日本国籍が証明された事も事実だが、時の國民政府参謀総長何応欽将軍が彼女の隠れファンであった為、将軍の鶴の一声で助かったのです。この事は現台湾の国民党関係者の周知の事実です。
保戸野小学校ですか! 小生も保戸野です。 何処かでお会いした事があるかも! 因みに52歳、鉄砲町在住の蓄音機マニアです。
Posted by: 陸軍歩兵第十七連隊 | April 06, 2005 at 06:47 PM